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宇都宮地方裁判所 昭和45年(ワ)105号 判決 1974年6月25日

原告

矢野守司

ほか一名

被告

平和タクシー有限会社

ほか一名

主文

一  被告らは、各自、原告守司及び同梅子のそれぞれに対し、各金五三万四、六九一円及び右各金員に対する昭和四五年三月二四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その二を原告らの、

その余を被告らの各連帯負担とする。

四  この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

1  被告らは、各自、原告守司及び同梅子のそれぞれに対し各金六六万七、〇四一円及び右各金員に対する昭和四五年三月二四日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

訴外成子は次の交通事故に遭遇した。

1 日時 昭和四三年一〇月一三日午前一〇時三〇分ころ

2 場所 鹿沼市下南摩町二二〇番地の一先県道

3 加害車 普通乗用自動車(栃五あ二一五四号)(以下被告車という。)

右運転者 被告加藤

4 被害者 訴外矢野成子

5 事故態様 被告車がその前方を歩行中の成子に衝突した。

6 事故の結果 成子は右事故により脳挫創等の傷害を受け同日午後一二時四五分同市鳥居跡町九九五番地荒木医院で死亡した。

(二)  責任原因

被告らは、次の理由により本件事故に基づく原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

1 被告会社は、被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供しているものである。自動車損害賠償保障法三条。

2 被告加藤は、被告車の運転者として前方を注視して、進路前方道路左側端寄りを歩行中の幼児である成子(当時二歳)の発見につとめると共に、その側方を通過するにあたつては適宜減速徐行して衝突を回避する義務があるのにこれを怠つた過失により、本件事故を惹起した。民法七〇九条。

(三)  損害

1 逸失利益 金二三七万一、一九四円

(1) 亡成子は、事故当時満二歳の健康な女児で、本件事故がなければ今後六七年間生存し(厚生省大臣官房統計調査部作成昭和四二年簡易生命表)、少なくとも高校を卒業し、一八歳から六三歳に至るまでの四五年間稼働できたはずである。

そして昭和四三年における年令一八歳までの女子有職者(家事従事者を含む。)の平均給与額は月額金二万四、六〇〇円であり、(労働大臣官房労働統計調査部作成昭和四三年賃金構造基本統計調査報告に基づく同年平均年令別給与額表)、亡成子は、本件事故にあわなければ、前記稼働可能の四五年間、毎月右平均給与額相当の収入を得ることができたはずである。

他方生活費は右収入の五割を超えない。

そうすると亡成子の月間純収益額は右生活費を控除した金一万二、三〇〇円、したがつて年間純収益額は金一四万七、六〇〇円となり、同人は本件事故により前記四五年間毎年右金額相当の得べかりし利益を失つたことになる。

そこでこれを事故発生時における一時払額に換算するため、ホフマン式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると金二三七万一、一九四円となる。

(147,600円×ホフマン係数16.065)

(2) 原告守司は亡成子の父、同梅子は母であつて、右損害賠償請求権を、それぞれ右金額の二分の一にあたる金一一八万五、五九七円ずつ相続により取得した。

2 葬儀費 金一四万七、五二〇円

原告らは亡成子の葬儀のため、金一四万七、五二〇円を支出したので、各自これの半額である七万三、七六〇円の損害を被つた。

3 慰藉料 金三〇〇万円

原告らは唯一の女児である亡成子を失い、その精神的苦痛は甚大である。原告らの右苦痛を慰藉するには、各自、金一五〇万円が相当である。

4 弁護士費用

原告らは被告らに誠意がないため、本訴の提起追行方を原告ら訴訟代理人弁護士に委任し、その費用として金二〇万円の支払いを約したので、原告ら各自金一五万円の損害を被つた。

5 損害の填補

原告らは本件事故に基づく損害賠償の一部として、自賠責保険金三〇〇万八、六一八円及び被告加藤より金二、〇〇〇円合計三〇一万〇、六一八円を受領したので、うち金八、九一八円を本訴においては請求していない応急手当診療費(原告らが亡成子の治療のため前記荒木医院に支払つた費用)に充当し、残額金三〇〇万一、七〇〇円を半額ずつ、原告守司、同梅子の前記各損害額の支払に充当した。

(四)  請求

よつて、原告らはそれぞれ被告ら各自に対し、右損害額の各合計金二八五万九、三五七円から前記充当額を控除した残額金一三五万八、五〇七円の損害賠償請求権を有するところ、本訴においては原告両名とも被告らに対し右請求権の一部である金六六万七、〇四一円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年三月二四日から各完済に至るまで民法所定五分の割合による遅延損害金の連帯支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の1の被告会社が加害車の運行供用者であることは認める。

同(二)の2の事実は否認する。

(三)  同(三)の1、3の事実は否認し、同(三)の2の事実は認める。同(三)の4の事実は不知。同(三)の5の事実は認める。

三  抗弁

(一)  自賠法三条但書による免責事由

1 運転車の無過失

被告加藤は被害車を運転し、本件事故現場にさしかかつた際、前方道路左側端寄りに成年の婦人訴外矢野スイおよび和賀ハルを認めたが、亡成子がその陰に隠れるようになつていたためこれを発見することができず、そのまま制限内の速度で進行を続けたところ、約四、五メートル手前の至近距離に迫つたとき突然亡成子が進路前面に走り出てきたので、急制動をかけるとともに右転把を図つたが間に合わず、道路中央付近で衝突したものである。

仮に被告加藤が亡成子を成年の婦人を認めた地点で発見することができたとしても、同女には成年の婦人が同伴していたのであるから、自動車運転手としては、同伴する成人が幼児を監督することを期待し、そのまま運行を続けるのは当然のことであつて、減速徐行する注意義務はない。

いずれにしても被告加藤には運転上の過失はない。

2 被害者の過失

本件事故の原因は前述のように亡成子が突然進路直前に走りでたことにあるが、僅か二歳の幼児である亡成子を帯同して、独り歩きに任せ、右飛び出し行為を防止する措置を怠つた同女の祖母である前記矢野スイの幼児に対する監督上の過失がある。

3 なお、被告会社において自己が被告車の運行に関し注意を怠らなかつたことおよび被告車に機能、構造上の欠陥がなかつたことはもちろんであるが、またかかる事項は本件事故と関係がない。

(二)  過失相殺

右のとおり亡成子が被告車の進路直前に突如走りでた行為が相俟つて本件事故を惹起し、これにつき原告ら側に過失があり、その過失は少なくとも九割であり、損害額の算定にあたつて右過失相殺がなさるべきである。

(三)  一部弁済

被告会社は、本件事故に基づく損害賠償の一部として、原告らが受領したと自認する保険金等のほかに金二万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

抗弁(一)、(二)、(三)の事実はいずれも否認する。

理由

第一本件事故の発生

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

第二責任原因と免責の抗弁

一  被告加藤について

最初に被告加藤の過失の有無について検討するに、〔証拠略〕を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)  本件事故現場は、塩山町方面から西沢町方面に向かつて東西に走る、幅員約五・六メートルのアスフアルト舗装(ただし、その両外側に各幅員約〇・六メートルの非舗装路肩部分が存する。)、歩車道の区別のない道路上であつて、付近は平坦かつ直線コースで見透しよく、かつ周囲は畑が多く、人家は本件事故地点の道路南側に接して同道路を背にした原告ら方居宅があるほか道路の両側に数軒点在する農村地帯であつて、交通規制はなく、車両の交通量は格別多いとはいえず普通であり、本件事故発生時のころには被告車のほかに事故現場を通りまたは接近する車両はなかつたこと。

(二)  被害者成子(当時二歳九月)は友達の和賀勇夫(四歳位)と共に、祖母矢野スイ(七〇歳位)と和賀ハル(六九歳位)に連れられて、近所の知人宅に遊びに行くため自宅を出て、前記道路に出てから西方に向かい、同道路舗装部分の南側端より約〇・七メートル内側の地点を成子が、その外側に勇夫が並ぶような状態で先頭を歩き、その直後に和賀ハルが続き、さらに一間位間隔をおいて矢野スイがほぼ一列になつて続いていたこと。

(三)  他方被告加藤は、被告車を運転して、同道路左側部分を西沢町方面に向かい時速約四〇キロメートルで西進し、本件事故現場付近に差し掛かり、左斜め前方約四四メートルの地点に前記認定のような状況で歩行していた成子を含む歩行者の一団を発見したが、警音器を鳴らしたのみで、速度や進路を変更することなくそのまま直進を続け、前記歩行者達の右側方約一メートル程度の間隔をとつて追い抜くことのできる状況であつたが、本件事故地点約一二メートル手前に至つたとき突然亡成子が進路前面にとびだしたのに気付き、急制動の措置をとるとともにハンドルを右に切つたが間に合わず、道路中央付近で衝突したこと。

右のように認められる。〔証拠略〕中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。

前記認定の事実によると、本件事故現場は、幅員も左程広くなく、歩車道の区別のない農村の道路で、車両の交通量も格別多いわけではないから、かような道路での歩行者は大人であつても車両の交通について油断しがちである。まして被害者成子は二歳九月という思慮分別に全く欠ける幼児である。成人の同行者はいたが、同女の手をつないだりしていたわけでなく、前認定のような状況で独り歩きに任せられており、しかも成子はもう一人の幼児勇夫と一緒にいたのであるから、成人の同行者がいたということは、本件の場合自動車運転者の注意義務の軽減事由としてそれ程大きな意味をもつものとはいえない。かような幼児が後方から接近してくる自動車に気付かず、突如自動車の前面に飛び出すことは幼児の習性上よくあることであり、また本件はかような危険が予想される具体的状況にあつたといわねばならない。したがつてかかる状況における幼児の側方を背後から近接して追い抜く場合の自動車運転者としては、右のような危険に思いをいたし警音器を鳴らして警告を与えるだけでは足りず、幼児の動静に注視し、適宜減速徐行するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があり、それにもかかわらず、前記認定のように被告加藤は右注意義務を怠り、本件事故を惹起したものである。

そうすると被告加藤は民法七〇九条により本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。

二  被告会社について

請求原因(二)・1の事実は当事者間に争いがない。

被告会社は自動車損害賠償保障法三条による免責を主張するが、運転者である被告加藤には前記認定のとおり運転上の過失が認められるから、他の免責要件について判断するまでもなく、右主張は理由がない。

そうすると被告会社は同法三条により本件事故に起因して原告が被つた損害を賠償する義務がある。

第三損害

一  逸失利益

(一)  亡成子の逸失利益

〔証拠略〕によると成子は昭和四一年一月二六日生まれで、死亡当時満二歳の健康な女児であつたことが認められ、右認定事実に、満二歳の健康状態が普通の女子の平均余命年数が第一二回生命表(昭和四〇年の国勢調査人口を基礎)によると、七二・二六年であることをあわせ考慮すると、成子は本件事故がなければ、高等学校を卒業し、少なくとも満一八歳から六〇歳に達する四二年間稼動し、収益を得ることが可能であつたものと推認する。

次に労働大臣官房統計調査部発表の昭和四七年度賃金構造基本統計調査報告第三表によると、同年度におけるパートタイム労働者を含む女子労働者の年齢階級別きまつて支給される現金給与額は学歴計、年齢一八歳ないし一九歳の部が平均月額金四万一、五〇〇円であることは当裁判所に顕著である。

そうすると他に特段の資料のない本件の場合、成子は前記のように一八歳になる年である昭和五九年から六〇歳までの四二年間、少なくとも毎月右金額を下らぬ収入を得ることができたものと推認する(なお、損害額は原則として不法行為時を基準として算定すべきものであるとしても、死者の逸失利益のようにそれが将来にわたつて継続して発生する場合、口頭弁論終結時を越える将来の部分の得べかりし収入額を算出するについては、終結時までの諸事情を考慮すべきであり、したがつて本件の場合成子の逸失利益算定の基礎となるべき収入は未だ現在のものとなつていない将来の昭和五九年以降の得べかりし収入であるから、その収入額を算出するについては本件不法行為時である昭和四三年当時の事情によらず、より新しい昭和四七年当時の資料を使用して右収入額を決定して妨げなく、またこの点については原告の主張に拘束されるものではない。そしてこのようにして算定された逸失利益の損害の賠償は、将来の損害の先取手続としての性格のものであるから、等価の原則に従つて、本件不法行為時における現在価格の損害金額に換算すればよいわけである)。

他方右収入を得るに必要な生活費については前記稼働可能期間を通じて五割と認める。

そうすると亡成子の月間純収益は金二万〇、七五〇円になり、同人は本件事故によつて前記稼働可能期間を通じて毎月右金額相当の得べかりし利益を失つたものというべきである。

そこでこれを本件事故発生時における一時払額に換算するためホフマン式計算法により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除すると金三八四万七、三八四円となる(円未満切捨)。

{20,750円×(利率5/12%、期数696月の単利金年現価率326.2629-利率5/12%、期数192月の単利年金現価率140.8468)}

したがつて亡成子は本件事故により、これと同額の損害を被つたものと認められる。

(二)  原告らの相続

原告守司が亡成子の父、同梅子が母であり、他に相続人がいないことは〔証拠略〕によつて明らかであるから、原告らはそれぞれ右損害賠償請求権を、右損害額金三八四万七、三八四円の二分の一にあたる金一九二万三、六九二円ずつ相続により取得したことになる。

二  葬儀費用

原告らが亡成子の葬儀を執り行ない、その費用として合計金一四万七、五〇〇円を支出し、原告らそれぞれがその二分の一にあたる各金七万三、七五〇円ずつ負担し、同額の損害を被つたことは当事者間に争いがない。

三  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告らは、当時唯一の女児であつた成子を不慮の事故で失い、大きな心痛を被つていることが認められ、その他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、原告らの右精神的苦痛を慰藉するに足りる金額は各金一五〇万円が相当である。

四  過失相殺および弁済金

本件事故発生の状況は前記第二、一で認定したとおりである。

右事実によれば、直進する被告車の進路前面に飛び出した被害者成子にも相当の過失があつたといわねばならない。

もつとも成子は当時満二年九月の幼児で、責任能力はもちろん事理弁識能力をも欠く者であつた。もちろんかような無能力者に対しては不法行為に基づく損害賠償責任を課することはできないが、しかしこれとは異なり、過失相殺は、もつぱら損害の公平な分担という見地から加害者の責に負わすべき損害賠償額を軽減調整する制度として設けられたものであり、被害者の責任を非難する制度ではない。かかる見地からすれば、過失相殺における被害者の過失とは客観的に要求される注意義務に違反する被害者の行為(主観的違法)と理解すべきであり、かかる被害者の行為が損害の発生拡大に有因であれば、被害者に過失ありとしてこれを賠償額の決定に斟酌すべく、それ以上に進んで被害者が前記能力を具えている必要はない。

そうすると被害者成子の前記行為は客観的に注意義務に反する過失行為であることは明らかであるから、本件賠償額を定めるについて右過失を斟酌すべきである。

そこで原告らそれぞれの前記一、二、三の各損害金計金三四九万七、四四二円に、さらに当事者間に争いのない亡成子の応急手当診療費金八、九一八円に対する原告ら相続分二分の一に相当する各金四、四五九円ずつを加算し、結局原告らそれぞれの各損害金三五〇万一、九〇一円について、亡成子の前記過失を斟酌し、その約四割にあたる額を控除し、被告らに賠償の責を負わせるべき損害額は原告らのそれぞれにつき各金二〇〇万円をもつて相当と認める。

そうして原告らが本件事故につき自賠責保険金三〇〇万八、六一八円、被告加藤より金二、〇〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、また〔証拠略〕によれば、被告会社は本件事故の損害賠償の一部として金二万円を原告らに対して支払つた事実が認められ、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

そこで右弁済金合計三〇三万〇、六一八円の二分の一にあたる各金一五一万五、三〇九円を原告らの前記各損害額から控除すると、原告らがそれぞれ被告らに対し本訴において賠償を請求し得る損害額は各金四八万四、六九一円となる。

五  弁護士費用

原告らは被告らに対し前述の損害賠償請求権を有するが、弁論の全趣旨によれば、被告らが任意の賠償に応じないため、原告らはやむなく本訴の提起と追行方を原告訴訟代理人に委任し、その費用として各金一〇万円ずつ計金二〇万円を支払う旨約したことが認められる。

そして右事実に、前記損害認定額、本件事案の難易、本件追行の経過等の諸事情を考慮すると、原告らが支払うべき右弁護士費用のうち、各原告につき金五万円ずつの限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

第四結論

以上の次第により、被告らは連帯して原告らのそれぞれに対し、前記各損害合計金五三万四、六九一円と、これに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年三月二四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告らの被告らに対する本訴請求は右金員の支払を求める限度においてこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田辺康次)

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